2018.10.07
今日のご法事の会食にて。
五階の蘭の間。
以前別の会議で使わせていただいた時の記憶が蘇ります。
まだ若かったあの頃、何をあんなに真剣に言い合いしていたんだろうと。
人生はあっという間。
その時その時を大切に思いっきり頑張らなきゃ。

2018.10.05
来月22日にこども食堂を開催予定。
今回は何の遊びをしようかと思案中。
今年は米騒動から100年。
ある文献によると、米騒動が起こったのは水橋がはじめだということです。
滑川の米騒動よりも一日早かったということだそうです。
お米に関連して何かやりたい。
ということで、思い付いたのでいろいろと許可というかお伺いしてまわりました。
なんとかうまくいきそうです。
あとは練習あるのみ!
まずはスタッフが楽しまないと!
2018.10.04
東京での注射を終え、薬の効きが始まってきました。
はじめの二週間ほどは薬の効きがよすぎて、声の震えや裏返りの症状があらわれます。
この初期の副作用の声が嫌いです。
電話していても、門徒さんから「お前は誰だ!」と言われたこともあります。
ただ前回と違うのは、その後しばらくしたらちゃんと薬が効いていい声になるということを私が知っているということです。
前回は初期の副作用が続いた時に、「注射しない方がまだマシだったかも」と思うこともありました。
それは、その後声がよくなるかどうか分からず不安だったからに他なりません。
未来が分からなければ不安にもなります。
反対に、未来が分かっているならば、安心です。
「必ずよくなる。だから今は我慢」
そう思えるというのは非常に力強いことです。
2018.10.02
日帰りで東京。
のど注射をしてもらいます。
5月以来ののど注射…
酷くなってきた声のかすれがこれで回復すると思います。
薬を入れてからしばらくは声が高くなったり裏返ったりして違和感がありますが、そこは我慢。
当初、効き目は3ヶ月と聞いてたので、
5ヶ月ももってくれてホントによかったです。
久しぶりにあの痛いのをするかと思うと気が重いですが、
せっかくの機会なので何か楽しみ見つけて来ようと思います。
2018.09.30
富山大学のサイエンスフェスティバルに行ってきました。
理学部や工学部で実験などを通していろんな驚きを与えてくれます。
竜巻や虹やオーロラがなぜできるかを実験を通して知ることができました。
透明な色のものに青い色の液体を入れて青くなって固形のものを入れたらまた白くなって、それを振ったらしばらくだけ青い色に逆戻り。
自分でもどうなっているか分からないので説明はできませんが、なにせ自分の不得意な脳みその分野が活性化されてとても疲れたのと、それだけ刺激があったのだと思います。
子供達にも良い刺激があったようで楽しそうに話していました。

2018.09.28
昨日に引き続き、研修旅行。
昨日は知覧特攻平和会館の見学など時間通りにスムーズにいきました。
今朝も朝からいい天気で仙巌園で薩摩切子の赤色の発色の美しさに見とれていました。
今日は風が大変強く、湯之平展望所では目の中に灰というか砂というかが入ってきて目を開けてられないほど。
現調で組んだタイムスケジュールでいろいろとまわりましたが、参加者の皆さんにはなるべく急いで見えないように配慮できたならよかったと思います。
幹事は1番大変だけど、1番勉強になります。
人を思いやること。
我慢すること。
いつも相手を先にすること。
富山に帰ります。
無事に終わってホントによかった。



2018.09.27
水橋組研修旅行に出発。
朝まで雨だったという鹿児島に到着したらとってもいい天気。
みんなで花尾かくれ念仏洞へ長い登り坂を登りました。
途中休憩しながらもようやく到着。
お線香とおりんを持参してきて洞窟の中でみんなで讃仏偈のお参り。
洞窟の中で声高らかにお念仏させていただき、先人のご苦労を偲ばせていただきました。
無事にたどり着けてホントによかった。

2018.09.26
彼岸が明けました。
お彼岸は秋であれば秋分の日だけがお彼岸ではありません。
秋分の日を中心に前後3日間の1週間をお彼岸と言うそうです。
もっとも過ごしやすい期間に、お彼岸(お浄土)を思い浮かべて
私たちの平素の在りようを見つめ直す良い機会になればと思います。
境内に彼岸花が咲いていました。
赤くきれいなお花ですがどうやら毒性の強い花のようで、
よほどたくさん口に入ったりしなければ人間には影響は少ないようですが、
動物や生きものに対しては非常に強い毒をもっているそうです。
曼殊沙華ともいわれる彼岸花は、
私たちがいつの日か生まれ行く仏さまの世界を思うこの時期にはぴったりなお花です。
2018.09.23
お彼岸のお参り。
婦人会の方々がこしらえてくださったお料理をみんなで囲んでいただきます。
お料理の味付けもそうですが、大勢でしゃべりながら食べるご飯はそれだけで美味しい。
寺はどこも台所の担い手不足と言われていますが、出来ることならいつまでもこういう集いが続けばいいなと思います。